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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)5366号 判決 1970年6月30日

原告 須田容次

右訴訟代理人弁護士 渡辺脩

同 宇津泰親

被告 福田勝亮

右訴訟代理人弁護士 黒田隆雄

主文

原被告間の当庁昭和四三年(手ワ)第七八八号約束手形金請求事件の手形判決を取消す。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の主張

一、請求の趣旨

1  二一万三一〇〇円及びこれに対する昭和四三年二月二七日から完済まで年六分の割合による金員の支払

2  訴訟費用被告負担

3  仮執行の宣言

二、請求の原因

原告は被告が原告に振出交付した別紙目録記載の約束手形一通の所持人である。

なお、本件手形は支払期日を昭和四〇年三月一〇日とする確定日払手形である。本件手形の表面には「此の手形は京王電業社ビルが上棟式と同時に支払うものである。したがって第三者への譲渡は一切認めません」という文言が付記されているが、これは右支払期日の記載に牴触する手形上無益な付記である。右付記は被告が手形の支払猶予を求めて記載したものと推測されるが、手形の満期の記載を無効ならしめるものではない。

よって請求趣旨記載のとおり右手形金の内金二一万三一〇〇円とこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済まで法定の年六分の割合による利息の支払を求める。

三、抗弁に対する認否

被告の抗弁を否認する。本件手形振出の事情は次のとおりである。すなわち、被告主張のような経緯を経て、昭和三九年六月頃京王電業社ビル工事を訴外株式会社西組が請負う話合いが被告、右西組及び原告の間で成立すると共に、被告が振出していた額面五〇〇万円の手形につき、原告、被告、西組及び手形所持人訴外谷口龍夫との間で、原告は西組に工事代金五〇〇万円を現金で支払い、被告は右手形の不渡異議申立のため銀行に予託した金員五〇〇万円を訴外谷口に支払う、旨の和解契約が成立した。原告は右約束を履行したが被告は右金員を支払わず、原告が手形裏書人としての責任上被告と折衝した結果、被告は工事遅延の損害金と称して八〇万円を差引き四二〇万円を原告に交付した。そこでさらに原被告間に交渉が重ねられた結果昭和三九年一一月八日、金八〇万円を折半して被告が原告に四〇万円を支払うことで話合が成り、同日小切手一〇万円及び本件手形(額面三〇万円)が被告から原告に交付されたのである。

第二、被告の主張

一、請求棄却の判決を求める。

二、請求原因事実は全部認める。

ただし本件手形は無効である。本件手形には支払期日として「昭和四〇年三月一一日」と記載されているほか、「京王電業社ビルが上棟式と同時に支払うものである」との付記がなされているが、これは一覧払、一覧後定期払、日付後定期払、確定日払の四種の満期のいずれとも異る満期を定めたものというべきであるから、本件約束手形は無効である。

三、抗弁

本件手形は訴外株式会社西組が京王電業社ビルの上棟をなすことを条件に支払うとの約定のもとに振出されたものであるが、右条件は不成就に確定したから被告に支払義務はない。

すなわち、被告は昭和三九年一月一三日京王電業社ビル(鉄筋コンクリート造地下室付六階建)の新築工事を代金一億五百万円、工事完成同年八月三〇日の約定で訴外岩城興業株式会社(原告は同社の代表取締役である)に請負わせ、工事代金の内金六〇〇万円を現金一〇〇万円と約束手形(額面五〇〇万円)で支払った。ところが岩城興業は同年三月右工事の土止めレール打の一部を施工した段階で倒産し工事を中止したので、被告は原告の申出により同様原告が代表取締役をしている訴外中野化学工業株式会社に右工事を請負わせたところ、これも工事を再開せぬまま同年四月頃倒産した。そこで被告は更に原告の懇望により、既に振出した手形金五〇〇万円の問題解決のためもあって、同年八月二八日訴外中野化学工業株式会社の下請をしていた訴外株式会社西組に右工事を代金一億五〇〇万円、上棟(全階コンクリート打了り)は昭和四〇年一月三一日、完成同年五月三一日の約で請負わせた。

ところが、原告は昭和三九年一一月頃被告に対し訴外岩城興業のなした工事の出来高に対し三〇万円の支払を請求し紛議を生じたが、結局西組が同四〇年三月一〇日までに上棟することができたならば支払うという条件付きで振出されたのが本件手形である。しかるに、西組は昭和四〇年二月三日不渡手形を出して倒産し、地下室部分のコンクリート打ちを終了した段階で工事を放置してしまったので、被告は訴外大塚工務店に工事を請負わせて昭和四一年六月上棟した。

よって本件手形支払の条件は不成就となったのであり、被告に支払義務はない。

第三証拠≪省略≫

理由

請求原因事実は満期の点を除いて当事者間に争がない。被告は本件手形の満期の記載は手形法三三条一項に定める四種の満期のいずれにも該らず、本件手形は無効であると主張するので判断する。

原告の所持する本件手形には支払期日欄に「昭和四拾年参月拾日」とあるほか、末尾(本件手形は統一手形用紙ではない縦書のものである。)に「此の手形は京王電業社ビルが上棟式と同時に支払うものである。したがって第三者への譲渡は一切認めません。」というペン書きの記載がなされていることが右手形から明らかに認められる。そして右記載の後文は裏書禁止文言と解されるが、その前文は文言の解釈上単なる後文の縁由ではなく支払期日までに右ビルが上棟されなった場合を想定し振出人と受取人間の支払猶予の特約を記載したものと見做すのが相当であると思われる。しかしながら、かかる記載は手形法上無効のものと解されるから満期の判断に当っては無視するを得べく、結局本件手形は確定日払手形として有効であると言うべきである。

そこで被告の抗弁について判断する。

≪証拠省略≫を総合して考えると、被告は昭和三九年一月一三日京王電業社笹塚アパートなる六階建てビルの新築工事を代金一億五〇〇万円、完成同年八月三〇日の約定で、原告が代表取締役をしていた訴外岩城興業株式会社に請負わせ、代金の内金として現金一〇〇万円及び額面五〇〇万円の約束手形一通を同社に交付したが、同社が間もなく倒産したため、同じく原告が代表取締役をしていた訴外中野化学工業株式会社に請負わせたところ、これもまた間もなく倒産し、工事は土留めの杭を打った程度で放置されたこと、そこで被告は右工事の中絶に加えて、先に訴外岩城興業に交付した五〇〇万円の約束手形が振込まれて交換呈示された為これが支払を拒絶して同額の現金を不渡異議申立の資金として銀行に預託しなければならない窮地に陥り困惑して原告と交渉した結果、右工事を訴外岩城興業から下請していた訴外株式会社西組に請負わせるならば右五〇〇万円の手形を返還するとの提案を受けてこれに同意し、同年八月二八日西組との間に京王電業社ビルの新築工事請負契約を結んだこと、しかしながら原被告間には右工事に関する清算について折合いがつかず、最終的には原告が被告に対して八〇万円の残債権を主張するに対し被告はこれを否定して対立する状態となっていたところ、同年一一月八日頃原告は原被告双方共通の知人にして訴外岩城興業株式会社の顧問的な立場にあった訴外新井幸治を原告の代理人として被告を訪れしめたところ、同人は両者間に争のある八〇万円を折半して負担し、四〇万円だけを支払うよう説得したので被告も譲歩し、額面一〇万円の小切手一通、同三〇万円の本件手形を振出すと共に、当時西組の工事も大巾に遅延していたことから、本件手形は西組が電業社ビルの上棟を完成することを条件に支払う旨並びに他に譲渡することを禁止する旨申入れ、満期欄に右工期に必要な期間を見て昭和四〇年三月一〇日と記入すると共に、手形上に前記ペン書きの付記文言を記載したところ、右新井もこれを了承して本件手形を受領したこと、その後西組も地下室のコンクリート打ち工事を終った時点で倒産し、被告は更に第四の業者に本件工事を請負わせてようやく完成に漕ぎつけたこと、原告も満期に本件手形を取立てに回さなかったこと、以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫。してみれば、本件手形の支払については原被告間に訴外西組が電業社ビル新築工事の上棟をなすことを条件とする旨の特約が存在したところ、西組の倒産による他業者の施工により右条件が不成就に確定したことは明らかであるから被告は本件手形の支払を拒むことができるものというべきである。被告の抗弁は理由がある。

以上の次第であるから原告の請求を棄却することとし、民訴法四五七条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清水悠爾)

<以下省略>

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